
導入:緊迫するホルムズ海峡、世界の命運を握る神経戦の全貌
2026年5月、世界は息をのんでペルシャ湾の入り口、ホルムズ海峡の情勢を見守っています。
アメリカとイランの間で続く神経戦は、この戦略的に極めて重要な海上交通路を巡り、一触即発の危機状態にあります。
この海峡は、世界の海上石油貿易の約20%から25%、LNG貿易の約20%が通過する「エネルギー動脈」であり、その安定性は世界経済に直結しています。
特に、2026年2月28日に米国とイスラエルによるイラン攻撃が開始されて以来、情勢は急速に悪化し、5月に入っても停戦交渉は難航しています。
イランはホルムズ海峡の事実上の封鎖を継続し、米国はこれに対抗してイラン港湾を出入りする船舶の封鎖を実施。
これにより、世界のエネルギー供給網は未曾有の混乱に陥っています。
私たち日本に住む者にとって、このニュースは決して遠い国の出来事ではありません。
日本は原油の9割以上を中東に依存しており、その大半がこのホルムズ海峡を経由しています。
海峡の不安定化は、ガソリン価格の急騰、電力料金の上昇、さらには製造業のサプライチェーン寸断といった形で、私たちの日常生活やビジネスに直接的な打撃を与えます。
まさに「なぜこのニュースが重要か」「自分の生活・仕事にどう影響するか」という問いに、直ちに向き合うべき時が来ているのです。
国際エネルギー機関(IEA)は、今回の危機を「石油市場の歴史上最大の供給混乱」と位置付けており、その影響は長期化する可能性が高いと指摘されています。
背景と経緯:半世紀にわたる対立の根源
現在のホルムズ海峡を巡る緊張は、単なる偶発的な衝突ではなく、アメリカとイランの間に半世紀にわたって積み重ねられてきた深い不信と対立の歴史に根差しています。
1979年のイラン革命以降、両国関係は常に冷戦状態にあり、特にイランの核開発問題は国際社会の長年の懸案事項でした。
2015年に締結されたイラン核合意(JCPOA)は一時的な緊張緩和をもたらしましたが、2018年のトランプ米政権による一方的な離脱と「最大限の圧力」政策の再開により、関係は再び冷却化。
イランは核合意で制限されていたウラン濃縮活動を再開し、兵器級に迫る高濃縮ウランの備蓄を増やしてきました。
2026年2月28日、事態は決定的な転換点を迎えました。
米国とイスラエルがイランに対して軍事攻撃を開始したのです。
この攻撃はイラン最高指導者アリー・ハーメネイー氏や軍幹部の殺害、主要軍事アセットの破壊を含むものでした。
これに対し、イランはイスラム革命防衛隊(IRGC)を通じて、ペルシャ湾の要衝であるホルムズ海峡の封鎖を発表し、報復措置に出ました。
イランの革命防衛隊は、事前の許可なく海峡周辺を航行する船舶は国籍を問わず攻撃対象とみなす姿勢を示しており、実際に3月11日にはタイ船籍の貨物船を攻撃したとも報じられています。
この軍事衝突とそれに伴うホルムズ海峡の封鎖は、世界経済に壊滅的な影響を与え始めました。
3月5日以降、中東湾岸海域を航行する船舶に対する戦争リスク特約(P&I保険)が実質的に解除され、あるいは維持不能なほど高騰したことで、主要船社は即座に海峡通過の停止を宣言しました。
これにより、原油や液化天然ガス(LNG)の流通が大幅に減少し、国際市場は供給不足と価格高騰に直面しています。
ホルムズ海峡の現実:具体的な脅威と軍事展開
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ全長約158kmの国際海峡であり、最狭部の幅はわずか33kmしかありません。
この狭い水路には、双方向の船舶が航行するための幅約3kmの航路がそれぞれ設定されており、その間に幅約3kmの緩衝帯が設けられています。
この地理的特性が、海峡を軍事的なチョークポイントとして極めて脆弱なものにしています。
2025年には、世界の取引量の約34%に当たる日量約1,494万バレルの原油と、492万バレルの石油製品がホルムズ海峡を通過し、主にアジア市場へ輸出されました。
また、カタールやUAEから輸出されるLNGのほぼ全量がこの海峡を経由し、2025年の同海峡経由のLNG貿易量は世界全体の約20%を占めていました。
しかし、2026年2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃以降、この状況は一変しました。
ホルムズ海峡を通る海上活動は極めて制限されており、緊張激化以前は1日平均70隻のエネルギータンカーが通過していましたが、2026年3月1日以降はその数が1日7隻未満にまで減少し、5月には交渉努力にもかかわらず1日6隻未満にまで落ち込んでいます。
イランは5月に「ペルシャ湾海峡庁(PGSA)」を新設し、約22,000平方キロメートルの「管理海域」を一方的に宣言、海峡通過船舶に最大200万ドルの「通航料」を課す制度を導入しました。
米国はこれを法的に承認しておらず、通航料の支払いはOFAC(米国財務省外国資産管理局)の制裁対象となる可能性があると警告しています。
軍事的な緊張も高まる一方です。
イランのイスラム革命防衛隊海軍は、船舶と陸上目標の両方を攻撃できる射程1,000キロメートル以上の長距離海上配備対艦巡航ミサイル「アブマハディ」による攻撃を開始したと報じられています。
また、革命防衛隊の小型船団は依然としてホルムズ海峡の支配を継続しており、米シンクタンクのワシントン近東政策研究所によると、革命防衛隊の高速攻撃艇やスピードボートからなる艦隊の60%以上が無傷で残っており、これらは依然として脅威となっています。
米国は、第5艦隊を中東地域に展開し、空母打撃群を派遣するなど、軍事的な抑止力を維持していますが、イランの非対称戦略、特に小型艇や機雷を用いた攻撃は、従来の海軍力では対応しにくい側面があります。
両国は軍事行動をエスカレートさせる可能性があり、偶発的な衝突が大規模な紛争に発展するリスクは常に存在しています。
専門家と関係者の見解:高まる危機感と外交の限界
ホルムズ海峡を巡る米イランの神経戦に対し、国際社会の専門家や関係者は強い危機感を抱いています。
国際エネルギー機関(IEA)は、今回の危機が「石油市場の歴史上最大の供給混乱」であると指摘し、OPECも2026年の石油需要見通しを下方修正するなど、その影響の深刻さを認めています。
シティグループは、ホルムズ海峡の封鎖が続き、海峡経由の原油流通が6月末まで混乱し続ける場合、原油価格は1バレル=150ドルまで急騰する可能性があると警告しています。
外交的な解決への道は、依然として険しい状況です。
2026年5月、パキスタンや中国の仲介により停戦交渉の動きは見られましたが、米イラン双方の隔たりは大きく、最終合意には至っていません。
トランプ米大統領は、イランとの交渉が「最終段階」にあるとしつつも、「急いで合意するな」と指示していると報じられています。
特に、イランの核開発問題とホルムズ海峡の通航管理に関する意見の隔たりは埋まっていません。
米国はイランに高濃縮ウランの放棄を求め、イランは核計画は平和目的だと主張しつつも、濃縮ウランの扱いなど重要論点で譲歩していません。
イラン側は、米国への深い不信感を交渉停滞の最大要因として挙げています。
過去の核合意からの離脱や、交渉中の攻撃を例に、「米国は信頼できない」と強調しています。
一方、米国はイラン革命防衛隊(IRGC)に関連する金融ネットワークの解体につながる情報に最大1,500万ドルの報奨金を提供するなど、「最大限の圧力」キャンペーンを継続しています。
また、米財務省はイランの軍事用石油取引に関連するタンカーや企業を新たに制裁対象とし、イランから中国への石油輸送を支援したとして、3名の個人と9社の企業を制裁対象に指定しました。
このような状況下では、相互不信の悪循環が続き、外交的解決への道はさらに遠のく可能性があります。
日本と世界経済への影響:エネルギー安全保障とサプライチェーンの危機
ホルムズ海峡の危機は、日本経済にとって極めて深刻な脅威です。
日本は原油の約94%を中東に依存しており、そのうち約93%がホルムズ海峡を経由しています。
2026年4月の日本のサウジアラビアからの原油輸入量は約1,147万バレルで、日本の総輸入量の44.8%を占めましたが、これは3月と比較して顕著な減少です。
また、アラブ首長国連邦(UAE)からは1,039万バレルが供給され、総輸入量の40.5%を占めました。
しかし、ホルムズ海峡の事実上の封鎖を受け、カタールやクウェートからの輸入はほとんど停止している状況です。
この供給途絶は、日本のエネルギー市場に壊滅的な影響を与えています。
WTI原油価格は5月21日時点で一時1バレル101ドル、ブレント原油は105ドル付近で推移しており、戦前比で約50%高水準にあります。
ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、WTI原油価格が120ドルでGDPを0.5%、150ドルで2.0%押し下げ、日本経済はマイナス成長に陥る可能性が指摘されています。
ガソリン価格は政府補助で170円台に抑制されていますが、補助金が尽きれば200〜250円台に再上昇する可能性があり、家計の負担は甚大です。
また、この危機はエネルギー安全保障だけでなく、サプライチェーン全体に波及しています。
ホルムズ海峡は世界の海上肥料貿易の約3分の1を占める要衝であり、その封鎖は世界的な肥料不足を引き起こし、穀物価格の高騰、ひいては食品インフレを深刻化させる懸念があります。
日本においても、中東からの原油供給の減少に加え、肥料や化学品など幅広い原材料の調達に支障が生じ、自動車産業や電力会社、物流業界など、多岐にわたる産業に影響が及んでいます。
国際海運保険の保険料も高騰し、物流コストが200%上昇するケースも報告されており、企業の利益を圧迫しています。
今後の展望と予測:対話か、それとも武力衝突か
2026年5月末現在、ホルムズ海峡を巡る米イランの神経戦は、依然として不確実性の高い状況にあります。
今後の展開には、いくつかのシナリオが考えられます。
最も望ましいのは、外交努力による緊張緩和と海峡の完全な開放です。
米国とイランは、停戦を60日間延長し、より長期的な和平交渉の枠組みを提供する合意文書の草案を入手したと報じられており、イランがホルムズ海峡に敷設した全ての機雷を30日以内に撤去し、米国海軍がイランの港を発着する船舶の封鎖を停止する内容が含まれる可能性があります。
しかし、イランの核問題や濃縮ウランの扱い、制裁解除のタイミングなど、依然として大きな隔たりが存在しており、合意形成には多大な困難が伴うと予想されます。
一方で、偶発的な衝突や意図的なエスカレーションにより、事態がさらに悪化する可能性も排除できません。
イラン革命防衛隊は、米国のインフラ攻撃に対し「地獄の門が開かれる」と警告し、米国やイスラエルが使用する全てのインフラを壊滅させるとの姿勢を示しています。
また、米国もイランによるホルムズ海峡の通航料徴収を「外交的な合意を不可能にする」と強く批判しており、万が一、軍事的な衝突が再燃すれば、世界経済はさらに深刻な打撃を受けることになります。
中長期的な視点では、各国がエネルギー安全保障の強化に向けた動きを加速させるでしょう。
日本も、中東依存度を低減するための調達先の多角化や、国内のエネルギーインフラの強化、石油備蓄の増強といった対策をさらに推進する必要があります。
また、ホルムズ海峡を迂回する輸出ルートの活用も検討されていますが、サウジアラビアやUAEが持つパイプラインはすでに4〜6割程度が利用されており、追加輸出の余地は限られています。
国際社会全体で、中東地域の安定化に向けた多角的な外交努力が不可欠となるでしょう。
まとめ
2026年5月、米イラン間のホルムズ海峡を巡る神経戦は、国際社会にとって最も喫緊かつ深刻な課題の一つとして浮上しています。
この地域の不安定化は、世界のエネルギー供給の生命線であるホルムズ海峡の機能を麻痺させ、原油価格の高騰、サプライチェーンの寸断、そして世界的なインフレの加速という形で、私たちの生活や経済に多大な影響を与えています。
日本は特に中東からのエネルギー依存度が高く、この危機の影響を最も強く受ける国の一つです。
現在、停戦交渉の動きは見られるものの、核問題や制裁、ホルムズ海峡の通航管理を巡る米イラン双方の隔たりは依然として大きく、予断を許さない状況が続いています。
専門家は、ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、WTI原油価格が150ドルに達する可能性や、世界的な肥料不足による食品インフレの深刻化を警告しています。
この危機は、単なる地政学的なニュースとして傍観できるものではありません。
私たちは、エネルギーの安定供給、物価の変動、そして国際経済の不確実性といった形で、この問題に直接向き合う必要があります。
企業はリスク管理体制を強化し、政府は外交努力と同時に代替エネルギー源の確保や備蓄の拡充を急ぐべきです。ホルムズ海峡の安定なくして、世界経済の安定は望めないという現実を直視し、国際社会全体で協力して、この困難な状況を乗り越えるための知恵と行動が求められています。

